どこへも行かない日曜は鶏を焼く

昨日は久々に予定を入れない日曜日だった。理由はと言えばもうあと10日にせまった試験勉強のため。夫はDELF B1を、私はDELF B2を受けることにしている。普段だったら週末に一つは美術館か博物館か、パリの見どころを回るところだけれど、ちょうど土曜日が La Nuit aux Musées というヨーロッパ全体でやっているイベントの日。パリでもかなりの数の美術館が6時以降はタダ、しかも12時くらいまで開いていたので私たちは Palais de la Découverte という科学博物館に行ったのだった。結局3時間くらいはいたのだが、サイエンティストな夫はたいそう気に入り、すべての階が開いていたわけではなかったので「また絶対来るから!」と宣言していた。

poulet-roti.jpgというわけで、急に土曜の夜に出かけることになってしまったため、その日のディナー用に仕込んでおいた鶏は冷蔵庫で一晩待機。そう、あの時の二羽目の鶏である。ずっとフリーザーに眠っていたの、気になっていたのだ。日曜は昼過ぎから準備を始め、ディナーよりは早く、ランチよりは遅い日曜日のごちそうとなった。

プレ・ロティ(英語ではロースト・チキン)。以前にワイン会でコルドン・ブルーに通う友達(マイミクさん)が作ってくれたプロの味に感動し、それに憧れて恐れ多くも作ってみようと思って、前から構想を練っていた。トラディショナルにフレンチにしてもいいんだけれど、そこまで自信がない。それならなじみのあるお醤油味!ということで「和風プレ・ロティ」にすることに。ネットでいくつかレシピを検索、だいたいの行程はわかった。コルドンの友達が作ってくれた鶏にはおいしいピラフ(トリュフ入り)が入っていたのでどうしてもおなかにはごはんを詰めたかった。ガーリックライスにすることに決定、あとは分量など適当に、自分好みに変えていく。

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L'Ami Marcel @ 15e

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ちょっと早めの夕食の時間。L'Ami Marcel には常連らしきおばあちゃんが。

ヴァカンスで初のアメリカから帰ってきたばかりのよしこちゃんと、夫と3人でごはん。前回のLes Papilles から2ヶ月、よしこちゃんと行くパリ食べ歩きは第7弾。すごいね〜。けっこう食べてるね〜。今回はよしこちゃんセレクトで、15区のビストロ、L'Ami Marcel。サーヴィスの男性はとてもサンパな感じで、日本のお客さんがけっこう多いんだよと嬉しそうに話してくれた。「雑誌に載ったの?」と聞いたら、るるぶに紹介されていた。リーズナブルにネオビストロのフレンチが食べられると書いてあったように思うが、まさにその通り。夜のムニュ(前菜、メイン、デザート)は32ユーロ。

vin_lami_marcel.jpgよしこちゃんと私はアペリティフにキールを頼み、一緒に出てきたドライソーセージをつまみながらメニューとにらめっこ。日替わりは黒板に書いてある。この日はおすすめ料理のブーダンがないとのことで、残念だったが、魚も肉も充実して3人とも悩む悩む。サイトにはイカのパエリア詰めなんていう魅惑のメニューもあったけど、この日は見当たらなかった。結局3人とも違うものを頼むことに。ワインはお手頃な価格のペリゴールのヴァン・ド・ペイ(地酒ならぬ地ワイン)をお願いする。ワインリストはかなり種類がある上、グラスで飲めるものも多いので楽しい。

よしこちゃんからアメリカのびっくり話を聞き、アメリカの定番お菓子 Reese's の新フレーバー、マシュマロなどお土産もいただく。さらに噂に聞いていたよしこママの手作り肉まんまでもいただく! おいしゅうございました。ありがとう! 夫はアメリカ菓子が懐かしいらしく、うちでさっそく s'mores と呼ばれるマシュマロサンドを作って楽しんでいた。パリのスーパーではグラハムクラッカーが見当たらないのでココナツのサブレを買ってきて、マシュマロをのせ、板チョコのかけらをのせ、電子レンジでチンしてマシュマロをとろりとさせる。上にもう1枚サブレをのせて挟んで、いただきまーす、っていうやつだ。本来はキャンプファイヤーで木の枝の先にマシュマロを付けて火にかかげ、ちょっと外側を焦がして挟むっていうやり方。おいしいけど、ごっつ甘い。牛乳と合わせるのが夫流。

話をレストランに戻そう。まず出てきた前菜は…。

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南仏ヴァカンスその3 マルセイユと海の幸

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フランスのウニの食べ方。開けてスプーンですくう。以上。

旅日記はやはりすぐ書かなきゃ意味がないな…と反省しつつ、もう1ヶ月以上も前の話を。今回は食べる編。南仏ヴァカンス、拠点としたのはマルセイユにある、夫のボスである教授(マリー)のアパート。旧市街ともいわれるパニエ地区にある。この辺は古い建物が多く、細い路地にはカラフルなドアが並び、窓には物干ロープに洗濯物。ねこが多いのにはびっくりだが、のんびりした風景にねこがなじむ。

マルセイユでは海の幸づくし。着いて初日はマリーがランチを振る舞ってくれた。マリーは今回は私たちがアパートにいるため友人の家にステイしているが、滞在中何回かアパートに寄ってくれ、その度にマリーの知り合いが訪ねてきて楽しいランチ。いつもマリーにはお世話になりっぱなしだ。

さて、そのランチ。前菜にはハーブ野菜とアンチョビのサラダ。メインは巨大なサーモンの切り身のオーブン焼き。一緒にローストポテトとローストガーリックもできる。オリーブオイルをたらして塩をふっただけで美味しい! 残り物も翌日姿を変えて食卓へ。別の日のランチには、今度はムール貝と小さめの白身の魚を持ってきてくれた。マリーはどうやら魚好き。ムール貝はなかなかお目にかかれない巨大なサイズのものでとっても新鮮。ちょっと銀座のファボリを思い出すわ〜。お魚はランチでは食べきれず、私たちの夕食に。ガーリックと一緒にフライパンで皮がカリカリになるまでソテー。ごちそうさま!

アパートに滞在するとこうして外食しなくても、地元のおいしいものにありつける。気軽だし、ワインも安いのを買ってきてのんびり飲めばいいし、こういう旅もいいなあ。知り合い同士、友人同士でヴァカンス用の家を貸し借りするのがフランスではけっこう当たり前だったりするのもわかる。外食すると高いもの〜。

でもせっかくなのでレストランにも行ったぞ。

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AirPortその後とHD故障の原因らしきもの(追記)

マックのトラブルのうち、私のパワーブックのエアポート(日本ではエアマックというらしい)の件は解決。どうやら以前はWEPという暗号化の方法だったのだが、WPAにしたら認識したとのこと。どうして急に変わってしまったのかは謎のままだが。

いろいろ試してくれた夫に感謝。私だけだったら途方にくれてるところだ…。

追記:コメント欄に書いたことを再掲↓ マックブック所有者必見。

夫のハードディスク故障は、どうやらスリープ機能と関係があるらしい。
彼の場合、毎日マックを持って職場へ行き、また持って帰る、を繰り返しているのだけれど、いつも完全にシャットダウンしないでただパタンと閉じてすぐにバックに入れて移動をしていたのだがそれがどうやらいけなかったらしい。

新しいマックにはスリープが作動して、画面が暗くなる前に、動いてる途中のものすべてをその状態でハードディスクに記憶させるというステップがあるらしくて、ハードディスクに何か書き込んでいるときに、動かしたりして衝撃を与えてしまうと、ハードディスクがそのうちイカれちゃうのだと!

よかれと思って付けた機能がアダになるパターン…。ちなみにこのハードディスクに書き込むステップは解除もできるらしいのだが。私はマック持ち歩かないから心配はないが。持ち歩けるようにラップトップを買うのでしょ、普通は。それくらい考慮してほしいもんだ。極端なケースでは買って3週間で壊れ、新品ハードディスクになってからもまた壊れ、っていう人もいたとか。

今回のことがあって私のは全部外付けハードディスクにバックアップしてもらった。皆さんもバックアップは欠かさずに。

Et tu, Brute? の気分

ここ2週間ほどで、私たち夫婦のマック信頼度、がた落ち。

まずは去年9月に買った夫のマックブック。ハードディスクが何の前触れもなく、消えた。立ち上げられない、ディスクユーティリティも認識できない。ネットでググって、いろいろ試したが(冷凍庫に入れてみたり…)うんともすんとも言わないので、しょうがない、データは無くなるがまだ保証がきいているので新品のハードディスクに交換してもらうことに。フランスにはマックストアがないので、マックを扱うショップに預ける。「だいたい10日(une disaine de jour)」ということだが、フランスのことだ、そこまで早い仕事は期待していない。

ちなみに、OSXになってから、あの Sad Mac アイコンは出なくなったそう。iPodには Sad iPodというやつが出るらしいが。

そして昨日、こちらもわけのわからない故障。私のパワーブックG4のエアポート(wifiカード)が、ベースステーションを認識できなくなった。自宅のwifiがだめ。ほかのはキャッチできてるのに…? こちらはググってもあまり症例が出てこなくて不可解。とりあえず直接つないでやっている。しかしこのマックは2005年に買ったもので、もう保証がきかないし、1代目のときには買ったアップルケア(保険みたいなもん)も買ってないから、直すとなるとかなり高そう…。ってわけで夫は意地になって自分でやろうとしてるけど、マックブックと違ってパワーブックはいろいろ開けるのもめんどくさい仕様になってるみたいでよくわからん。

マックはこういうトラブルが少ないっていつもふれてまわってたのに…。
まったく、マック、おまえもか!

やっぱりサルコジが大統領に

というわけで、予想通りの結果になった。

開票最終結果によると、サルコジ 53.06%、ロワイヤル 46.94%。投票率は83.97%、第1回投票とほぼ同じ。5人に4人以上が投票したということになるが、これは海外に住むフランス人も含め、選挙人登録をしたうちどれくらいが投票したか、という数。選挙権を有するフランス人のうち、どれくらいが投票したかを示すものではないので、一概に日本との比較はできない。

昨夜はやはり8時にカウントダウンがあり、投票終了と共に結果がテレビで流される。大統領公邸であるエリゼ宮をバックグラウンドに、CGのトリコロール旗がひらひらとはためく。8時ピッタリにはらりと旗がめくれると、そこにはサルコジの映像が。という感じだ。

8時の結果発表を待つサルコジのサポーター達はコンコルド広場に、ロワイヤルのサポーターはバスチーユ広場に集まっていた。テレビでは画面を半分に区切って両方を映し出す。沸き立つコンコルド広場に静まり返るバスチーユ広場。とは言え、この広場で盛り上がるのは若い一般人がほとんど。コンコルド広場では勝利を祝うパーティーが始まった。ミュージシャンがステージに立ち、シャンパンがポンポンと開く。一方、党の重鎮や経済的、政治的有力者たちはそれぞれ別の場所(劇場など)で集まっている。サルコジ、ロワイヤルはまず自分の党の集まりに顔を出す。まずは8時を過ぎてすぐ、ロワイヤルがスピーチ。負けたけれど、あなた達の声は聞いた、戦いはここでは終わらない…。お決まりの内容をニッコリ笑顔で。サルコジはもっと余裕をもって、まず家族と一緒に車で移動、メディアは車をバイクで取り囲んで大騒ぎ。劇場についてからも時間をたっぷりかけてからスピーチとなった。最後までロワイヤルに敬意を払う、今日の結果はフランスを二分するものではない、などなど。

一夜明けて翌日のパリ。明日が祝日なのもあって、まだ連休の中日、メトロは落ち着いている。第1回目の投票のあった次の日メトロの中で聞こえてくる会話はすべて選挙の話だったのにくらべると、今日のメトロはのどかなものだった。サルコジの手腕が試されるのは、きっと6月中旬の国民議会の選挙の後だろう。どういう人を大臣に選ぶか、もキーポイント。サルコジは(ロワイヤルもそうだが)バイルー率いる中道派の入閣も考えるとリップサービスしていたしね。

どちらにせよ、サルコジ当選は外国人には厳しい結果。これからフランスに来ようとする留学生も例外ではない。もうすでにここ何年かは学生ビザが取りにくくなってきているというのに、またさらに厳しくなりそうだ。特に、渡仏前にフランス語の習得は必須、なんてこともまじめに話されているから大変だ。フランス語を学ぶためという理由はまかり通らなくなるということ。すでにフランスにいる外国人にとっても、滞在許可証の更新など難しくなるんだろうか…。

On vote aujourd'hui

5/7 追加あり

フランスの次期大統領が今日決まる。

水曜日の夜に、民放、国営、ケーブルなどのテレビ局で2時間半に渡って生放送されたサルコジ候補とロワイヤル候補の討論は、結果として後者に不利となった模様。聞いていてサルコジの言い分はあまり同意できるものではなかった。今までの内政相としての自分の失敗を棚に上げて、よくもまあ大口利けたものだわ。ただ、ロワイヤルは、討論の終盤で彼女が強いとされる教育問題のところで怒りをあらわにしてしまい、「男は論理的、女は感情的」というステレオタイプ再確認という最悪なパターンとなってしまった。言ってることは正しいんだけど、やはりセルフコントロールは必要だ。ロワイヤルはこの日、始めから戦闘モード、討論全体を通してみると彼女の存在感が圧倒的だったのだが。

というわけで、これが効いたのか、金曜夜、世論調査報道シャットアウト前の最後の調査では、サルコジ支持55%、ロワイヤル45%と、これまでで最大の差が出てしまった。

投票は夜8時締め切り、同時に出口調査解禁となるので、その時点で大差がついていれば、大統領当確が出るだろう。やっぱりサルコジだろうなあ。ちょうどいい、もうすぐ私たちも帰国だ。そういえば、私はブッシュ政権が生まれることとなる2000年の選挙の年にアメリカを出たし、政権の節目、しかも保守的な大統領が誕生する時にそれから逃げるように日本へ帰ることとなっているのかもしれない。サルコジはシラク大統領と同じ現与党だが、シラクとは今までさんざん党内で権力争いをした仲。シラクもギリギリまでサルコジ支持の声明を出さなかったことでもそのおもしろくない胸中がわかるというもの。しかもその声明も、同じ党だから支持せざるを得ない…みたいな、極々消極的理由からだった。

では舞い戻る先の日本は? というと、こちらも前よりさらに保守的だったりするのだが…。